 |
 |
 |
|
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
|
|
マー君のニューヨーク滞在記 |
|
|
--- ワインとビールとMUSICの一週間 --- |
|
|
去年の11月に80歳の誕生日を迎えた、世界で一番不思議なピアニスト、コンポーザー、ラン ブレイク(RAN BLAKE)が、その前年、2014年の6月にニューヨークのホテル KITANOで2晩に渡るコンサートを開いた。 |
|
|
 |
|
|
CDリリースを知らせるニュースレター |
|
|
DUOのコンサートで、お相手はポルトガル出身の女性歌手 SARA SERPA 。それまでに彼女と2枚のCDをリリースしている。その時の音源が一年後の去年の6月に、CDでリリースされた。アルバム名は KITANO NOIR。実はその2晩のコンサート、計4ステージ全てに、ラン ブレイクのすぐ後ろ、一番近い席で筆者はじっくり彼の音楽に耳を傾けていたのだ。だからその時の録音がCDリリースされたのを知って大喜びだった。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
一番左の頭が筆者 |
|
|
このコンサートの為にだけ、初めてニューヨークへ行った。おまけに翌日は、彼の一番のパートナー、ギターのデイブ ファブリスの新しいCDのリリース祝賀コンサートにも出演するとニュースレターで知っていたので、うまく行けば3日続けてラン ブレイクのピアノが聞けることになる、こんなチャンスはもう2度と来るまい、そう確信して台湾滞在中にニューヨーク行きを決断したのだ。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
この橋を渡るとニューヨーク |
|
|
ニューヨークのサンドイッチは美味かった、そしてビールも! |
|
|
|
|
|
 |
|
|
近くのカフェでサンドイッチとコーヒーで朝食 |
|
|
第一日目に腹を空かせて飛び込んだピザ屋はひどいハズレで、それからは毎日カフェかビアレストランでサンドイッチを食べて過ごしたような一週間だった。この分ならロンドンのサンドイッチはもっと美味いだろうと期待できる。 |
|
|
日中はいつも街中を歩きっぱなしで、夜はコンサートの後も近所のBARで遅くまで独りで飲んでいたが、周りには白人黒人のグループばかりだったが、結構楽しくやれた。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
ヒューストンEAST近くの公園で一休み |
|
|
|
|
|
 |
|
|
街角で出会う中国人も多い |
|
|
|
|
|
 |
|
|
平日のサウス、1~3AVENUEは長閑なもの |
|
|
JAZZ AT KITANOの日本人女性マネージャー、名前を忘れてしまったが、とても良くしてもらった。高校生の時に留学で来て、アパレルで独立、景気が悪くなって、今はしばらくここで次のチャンスを待っているようだった。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
キタノホテル近くのパークアベニュー |
|
|
|
|
|
 |
|
|
また、ビアレストランでギネスダークとサンドイッチの昼食 |
|
|
ギターのファブリス君ともここで仲良くなれたし、ラン ブレイクさんからは2晩通い詰めたせいで、半分呆れたように声をかけられ、握手を求められてしまった。 そしてCD,本にも彼のサインをもらえた。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
チャイナタウン近くのBarでまたビアとサンドイッチ。 そして3日目のチャイナタウンの近く、イースト ヒューストンST.を少し南に入った所に有るライブハウス、スペクトラムでは、ヘえー今日も来たのかいと嬉しそうに迎えてくれ、一緒に写真を撮らせてもらうことが出来た。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
ライブハウスSPECTRUMの斜向かいのバ―、未だ明るかった。 |
|
|
ファブリス君のバンドはまたイカした音楽だった。ブルース、カントリーあり、ショスタコーヴィッチあり、オペラあり、ROCK有りの渾然ファンキーMUSIC、強烈なドラムとベースのサポートが効いて居る |
|
|
|
|
|
 |
|
|
FABRIS君のバンド、女性ボーカルがまたすごい!そしてラン ブレイクとのDUOはいつに変わらず刺激的だった。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
JAZZ AT KITANOでのラン ブレイクとSARA SERPA |
|
|
CDリリース祝賀のライブの後は当然、打ち上げパーティだ。待ってました、ファブリスくんから誘われるままに仲間とともに車に。 |
|
|
向かったのは近く、ブロードウェイ サウスにある画家HAVA YASEENさんのマンション。ブレイクさんが着き、又又僕の来ているのを見てビックリ、3日も続けて一緒に夜を過ごすことになるねと、喜んでくれた。音楽の話も出来て大変幸せなひとときだった。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
ホームパーティで。左が筆者、隣がラン ブレイク |
|
|
|
|
|
 |
|
|
ホームパーティで多人種融合 中央がラン ブレイク |
|
|
来年80歳になると言いながら、僕やもっと若い仲間連中とワインやコニャックをけっこう飲んでいたので、ちょっと心配になるくらい元気だった。来年80歳になると言いながら、僕やもっと若い仲間連中とワインやコニャックをけっこう飲んでいたので、ちょっと心配になるくらい元気だった。 |
|
|
必ずその為に早く戻ってくると約束してその夜は別れた。それが今でも殘された大きな宿題で、その仕事は遅々として進まない。誰か代わりに翻訳をやってくれないだろうか? |
|
|
|
|
|
 |
|
|
ニューヨークのマオ君より |
|
|
|
|

|
マー君のアジア・音楽ときどきアート |
|
|
|
|
|
中国では歴史的価値(二千年以上前から皇帝だけが使うことを許されていた唐木ということで。紫檀の紫は皇帝の象徴色)やら、希少価値でとんでもなく高価な材料となってしまったインド紫檀(日本ではコウキ、紅木と呼ばれる)。それがこんなところにまだ沢山残っていました。 |
|
|
 |
|
|
右側 著者 |
|
|
しかし安心するのは未だ早い。毎月200~300トンもの密輸材が中国に流れ込んでいたのに、
一向に中国のお腹マーケットはいっぱいにならなかったからです。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
 |
|
|
この写真は、インド、アンドラプラデッシュ州で昨年末に挙行された、国際入札の時の物です。丸太の輸出は30年以上前にインド国内法で禁止されて以来、今回でやっと2回目となった、政府材の正式売却、輸出でした。ちなみに第一回は10年ほど前で、その時は未だ紫檀の需要に火がついておらず、売却価格も今回の十分の一程度で、全量中国の一社に独占的に輸出されました。800トンほどでした。 |
|
|
実を言えば、その時のアレンジをしたのは、僕と友人の貿易会社だったのでした。
今回の入札では、全量4.159トンのうち2.694トンが落札されました。実際には安値落札で後から取り消された分がかなりあったので、ほとんど買い手がついたことになります。
売却価格はトン当たり平均で45000~48000ドルくらいです。予想以上の収益にアンドラ政府は大喜びでした。中国の旺盛な需要には圧倒されるばかりですね。
写真で僕と一緒に写っている中国の友人、パートナーは、オークションであまりに値段がつり上がってしまい、51トンしか落札できませんでしたが、昔からの友人、今では中国の紫檀王とも言われるミスターウーは250トン程落札していました。
その他、ドバイやインド国内業者もかなりの量を落札しましたが、その実際の行き先、売却先は、全て中国です。 |
|
|
|
|
|
 |
|
|
と言うわけで当分、中国では紫檀が市場に溢れるのではと心配もしたのですが、あにはからんや全く顔を出しません。それもそのはず、中国では紫檀は投機の対象となっており、つまり何かを作るために、売買されることは稀で、丸太のまま何処かの資産家の自宅の地下室に眠っているのです
最近中国では汚職摘発で、捕まった幹部の家から現金、貴金属、骨董品とともに、木材という報道がされますが、そのほとんどは紫檀と黄花梨と推測されます。これでは楽器工房に材料が回って来るのは難しい。 |
|
|
以前は家具メーカーが端材から楽器用を切り出し、格安で供給していたのですが、ここへ来て家具メーカーも注文なしでは作らなくなり(材料の急騰で)、端材すら出なくなってしまったのです。 かといって丸太で購入して楽器専用に製材したのでは、歩留まりが非常に悪く、全く採算が取れなくなります。そんなわけで、今本物のインド紫檀で作った楽器はとても少ない、そしてかなりの高価な物になっています。(最近では代用品としてアフリカ紫檀がよく使われていますが、見分けるのはなかなか難しいので、呉々もご注意くださいね。アフリカ紫檀については、また改めて詳しくお伝えします。) |
|
|
|
|
|
 |
|
|
上海の有名な楽器工房の友人に頼まれて、二胡用に特別に長く、太い三味線用のインド紫檀(紅木)材を何回も分けてあげたのですが、棹は4本取れても胴(太鼓)の材料が無い。胴材には見かけ以上に幅と厚みのある板材が何枚も必要なのです。
今後もインド紫檀製の二胡は、高値が続くのも仕方の無いところでしょう。 |
|
|
増田 靖 (マー君) |
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
|
|
|
|
|
|
アジアンストリート東村山教室 (有限会社トーヨーリンク) |
〒189-0022 東京都東村山市野口町1-1-4-101 |
TEL :0120-334-390 |
|
Copyright © 2014 - Presents. アジアンストリート All rights reserved. |